らくだの足あと 19歩目 2026.3.21

のんちゃん(石花菜さん)の作ってくれたロバに、ひーくんがどこからか剥がしてきた苔が放置されていたので、丸めて苔玉にしてみた。苔玉を運ぶロバ・・・かわいい。
目次
年のせいにはするものか
航海日誌(2025年1月〜10月前半)
中間的技術について。薪灯油ボイラー生活開始
お知らせなど
年のせいにはするものか
編集後記的な内容なのだが、最初に書く。ニュースレターの更新に間が空いてしまい、心苦しく思っている。
なぜこんなにも、時間がかかったのか?結局のところ、主な要因は、12月末から断続的に体調があまり良くなかった、という私にしては珍しい、だが一般的にはあるあるな事態のせいである。
昨年40歳を迎えた以上、意識せずとも口にしそうになるのは「年のせい」という枕詞だが、決して「年のせいにはすまい」と決めている。「のせい」は、責任を明確にし、多くは他責とする為の言葉だが、加齢に責任を押し付けたところで、加齢の主は私自身である。膝が言うことを聞かない、というように、私たちはしばしば心と身体の不一致、そのままならなさを身体の責任にする。年のせいにする時、私たちは、「年齢」を自分から切り離し、外部化して責め立てている。だが言うまでもなく、年を重ねたのは私自身でしかない。
私はできるだけいつまでも快調でいたい。であれば、年のせいにしている場合ではないだろう。加齢による変化はあると認め、対策を打たねばならない。何をどうすると何が起こるのか注意深く観察する。これまでの経験則は使えず、ルールが変更されているのだが、どう変更されたかは知らされることがない。
12月から毎日頑張っていたなかやまきんにくんYouTube10分筋トレは、筋肉にはプラスに働いたかもしれないが、過敏になった腸にとってはやめて欲しい代物だったようだ。毎日お酒を飲むと不調の基盤をつくるようだし、週に1度の残業も早朝までやるとガッツリ体調を崩すっぽい。まさに諸刃の剣。
何をしても身体だけは丈夫な私、というのは幻想で、かつては丈夫だった私、がここにいる。これくらいなら大丈夫か?くぅ〜〜〜やっぱりダメだったか・・・!最近私は、ギリギリのラインを攻めては転げ落ち、崖がどこにあるのかを確かめている。
ある程度生きて中年になると、これまで獲得した知見を当てはめて思考をショートカットし、実行に時間を割くようになる。錆び付いてしまった獲得と発見の能力を掘り起こし、新たなルールを見つけ出す。体調を崩した事で、今年のミッションが明確になった気がする。

沖縄4日目、風邪を自覚し重い身体を引きずりながらことりとお散歩をしたときの写真。沖縄出発前日まで腹痛に苦しみ、なんとか回復したのに、4日目に発熱してダウン。ごはんお酒を美味しく食べきれない悲しい滞在になってしまった。リベンジしたい。
航海日誌(2025年1月〜10月前半)
昨年はよく出店し、たくさんの方と知り合った。らくだ舎の経営的な言葉で言うと、人間関係資本を耕し、蓄えた一年だった。こんな言い方をするとちょっと嫌な奴であることがバレてしまうが(自己認識として“ちょっと”であることは許してほしい)。
どこにでも出かけて、作った本を差し出していく。それは、私たちらくだ舎が出帆室を初めた時に決めたことで、出帆の文字に込めた想いでもあった。

らくだ舎出帆室ロゴも、2025年に作ってもらったのだった。濁点鈴木さんに依頼
先日開催した、紀伊半島ブックマルシェのトークで、三輪舎・生活綴方の中岡さんは、「本屋はローカルと切り離すことはできない。けれども、出版社は基本的にはどんな本だって出して良いものだ。神奈川にいる僕がアメリカの本を出したって良い」と仰っていて(※)、「おおそうか、そういう考えもあるのだな」と驚き、新たな視点をいただいた。

2025年12月開催紀伊半島ブックマルシェトークイベントより。中岡さん赤が似合う・・・
そんな考え方は頭のどこかに置いておくと良いものだ、と思い、時折思い出すようにしているのだが、らくだ舎出帆室としては、ローカル性を大事にするという軸を変えていく必要はないと思っている。それは、戦略としてだし、私たちが本を作る意味に直結しているからだ。私たちがアメリカの本を作ることもあるだろうけれども、それは多分、この地に暮らしているから巡り合ったアメリカの側面についての本になるはずで、それが私たちのつくる本に落とし込まれていなければ、と思っている。作りたいように作りたい本を作れば良い、というのは本当にそうなのだ。これは、単純に出版レーベルとしての矜持であり、戦略としての話である、きっと。
話は逸れているようで逸れていないので安心してほしい。らくだ舎出帆室は、そうしてこの土地に暮らしているからこその文脈を本にしていく。自分の店だけでその本を売っているなら、わざわざ本をつくった意味が薄くなってしまう。本はモノとして、人の手に渡っていけるからだ。私たちはどこかの誰かに読んで欲しくて本をつくる。だから、人の手に渡ってはじめて、それは本当に本になると言える。本を出版することは、イコール、山里に暮らすだけでなく、つくった本を持って出かけていって本を手渡すこと。それが私たちの出帆室だ。
2023年10月に最初の書籍『ニ弍に2』を出版してからこれまで、たくさん出店してしてきた。その出帆の記録を、航海日誌と名前をつけることにする。本当は、どこかに行くたびに、得るものがあって、これはニュースレターでしっかり振り返って、得たものを言語化するぞと意気込むのだが、なかなかできずにここまできてしまった。一旦、総決算として一行でもまずは記録をテキストにします。
※ 多分厳密にはちょっと違う表現をされていて私の受け取りフィルターがかかっている。気になった方はぜひ、『らくだ舎のきらくなラジオ2』でトークイベントの全部を公開しているので聴いてみてください
2025年2月22日 滋賀県高島市 「たかしまサーカス」

イベント中、汽水空港のミチくん、能美舎のゆづくんと楽しく遊ぶことり。(多分奥にゆづくんがいる)
若者たちのコミュニティに混ぜてもらうような出店。智史が色川に来るきっかけになった日本仕事百貨の記事を書いて、私が移住した当時は色川に住んでいたライターの大越くんもこのコミュニティに関わっていて、イベントの記録を撮影していた。相変わらずの心やさしい変な奴具合が変わっていなくて懐かしい。智史が事故った時、まだ高速の運転が不安だった私のために白浜のほうまで来てくれて、先導して運転してくれたことを覚えている。人が大変な時に寄り添うことを心がけている人なんだと思う。そのマインドは私も真似したいなと思って心に留めている。
汽水空港のモリ家、生活綴方の皆さんとも再会。夕書房さんも。能美舎の堀江昌史さんともこの時に初めてお会いして、来月和歌山行くんです、新宮市に、と仰っていてびっくり。新宮市はお隣。立ち寄れたら行きたいなと言ってくださる。モリ家の道くん、堀江家さんのゆづくん、うちのことりがすぐに打ち解けて遊ぶ様子が可愛くて仕方なかった。翌日の夜は旅館での大宴会打ち上げがあり、瓶ビールを飲みながらたくさんの方とお話した。綴方一味の石橋さん、青木さんともこの時に面識ができた気がする。皆さんにことりを可愛がってもらい、ありがたい。この時に買った、SANJO PUBLISHINGさんのZINE。翌朝にひとりはやめに起きてパラパラ読ませてもらった。他の街の、或る本屋のことがポツリポツリと語られて、なんかよかった。
(来訪)2025年3月9日 色川にて 能美舎堀江さんゆづくん来る

外山家の牛、さくらと戯れるゆづくんと私たち
これは往訪ではなくて来訪。出ていくことで、来てもらうことができて、それが嬉しくて、出版関連での来訪だけ記録したい。能美舎の堀江さんが色川に来てくれた。新宮での取材に合わせ、短い滞在時間の中、足を伸ばしてくださった。ちょうど智史はロバミミオレを連れて来るために出かけていたので、私とことりだけ会うことになる。1日遅ければロバに会えたのにね、と言いつつ色川を案内。なれずしの研究と取材で来たまさみさんに、色川でなれずしを漬ける人はいますかと聞かれ、麻子さんを思い出す。まさみさんと麻子さんは絶対気が合うだろう。連絡をとって紹介、ゆづくんが牛に対して全く怖がらなくて積極的で良い。
2025年10月5日 島根県石見銀山「緊急着陸」→6日こどもたちとのワークショップへ

いも代官ミュージアムにてブックマルシェとマルシェとライブと。石見銀山という町のコンパクトさ、人の顔の見える具合、個人の力が生かされいる感じ、同時に企業の力、それらに感銘を受けた。初タイソン。野外で空を見上げながらのライブ、よかった。武家屋敷にみんなで泊まるのだという。打ち上げごはんもそこでみんなで食べる。美しく、そして細やかな気遣いのできる素敵な女性、あやのさんは石見銀山に数ヶ所あるお寺の一つの住職を継いだのだと聞き、驚くとともにカッコよ・・!と痺れた。あやのさんのお経はいいよ、と彼女の勤め先のボスであるヒダカさんが言っていて、想像しきれていないけれどもとても深く納得した。
翌朝はヤギさんが残りものでなんかよくわからないけど美味しいごはんのおともを作ってくれていた。翌日、ヤビロンさんはカレーを、タイソンはラップを、学童保育の場に行ってワークショップをするとのこと。同行させてもらう。町家って感じの古い民家でやっている学童保育だった。隣には保育園もあり、連携しているそうだ。土間があって、かまどがあって、ちっちゃめの子どもらはドラえもんを歌いながら薪でごはんを炊く。中庭で、集中して薪割りをする寡黙な男の子。ことりとお人形遊びしてくれる女の子たち。しっかりものでカレー作りを完遂する高学年の女の子たち。先生たちはなぜかカレーを作りながら今度ゴスペルチームを作ろうって盛り上がり始める。思い思いに、でもやることはやりながら、のびのびと、良い時間と良い空気が流れていた。ピンチをチャンスにして、市民の力があって、今ここにある場所なんだと思う。
私たちはお昼過ぎに一行と別れ、広島へ向かったが、タイソン、ヤビロン、ヤギサンはこの日の夜、昨日緊急で決まったパン屋さんでのライブをしたそうだ。子どもたちがライブ行きたい!と大人を連れてたくさん来てくれて感動したと後で聞いた。すごく良いライブになったらしい。子どもも大人もめっちゃいい町だな、そう思った石見銀山だった。

石見銀山で今回のイベントを企画してくれたまなちゃんと群言堂にパフェを食べに行って締めくくり。全方向にたくさんの人を繋いで良い場をつくっているまなちゃんは、石見銀山の超重要人物!
2025年10月10日 鳥取県境港市・古と時(こととき)「緊急着陸」

古と時さんにて。座ってラップするタイソンも良かった。
自然食品店とカフェが一緒になった古民家カフェ古と時さん。どうやって入るんだろ?という感じの細い路地が張り巡らされた住宅地の中に、突然現れた印象だった。大きな庭があって、大きな古いお家がある。奥の畳のお部屋でゆったりと出店、真ん中の部屋でライブ、DJタイムが続く。ヤビロンさんはカレーを、タイソンはライブのトリを。再会。
ことときは女性ふたりが運営している場所なのだけれど、おふたりがこの店を開いて、こつこつと頑張って続けて、やり取りを重ねて、今日があることが、お話ぶりからわかる。お二人にとって、この日は、やってきたこと、続けてきたこと、関係性を作ってきたことが、きっと可視化された日だった。私たちはそこに一瞬お邪魔させていただいた立場だけれど、感動的だった。みんな蠢いて頑張っているんだと思った。
2025年10月11日 鳥取県湯梨浜町・汽水空港10周年フェス「一斉着陸」→12日汽水空港お店番

冒頭挨拶にて、万感の想いを語るモリさんの傍らでモリ家の一員化することり。自由すぎるやろ。それを許してくれるモリ家が素敵
関係性が可視化、というのはまさにこの一斉着陸もそうだった。モリ家のやってきたこと、重ねてきた縁、やりとり、それを全部まるごと、今ここに集めてみんなでお祭りをするという、そういうモノだった。美味しそうなものばかりで、どこからどうしたらいいのかわからないくらいだった。どの出店者も、信念があって、妥協のない、自分の持つもの、信じるものを並べている感じがした。
半年ほど経って、改めて、すごいことをしたんだなあ、としみじみ思うことがある。汽水空港に一度はきてみたかった人たちが、多数いらっしゃるようだった。これがあるからと家族旅行の旅行先を無理やり鳥取にした人もいた。本を目掛けてきている人が多かったから、本がとてもよく売れたし、初めましての本屋さんともご挨拶できた。モリ家に泊まらせてもらっていたから、どれだけ大変だったか、ほんの一端を感じた。それでも笑顔を絶やさないアキナさん、モリさんは本当にすごい。出店者たちの打ち上げまでしっかりと組まれていて、ビンゴ大会の企画もあって、中華料理屋のアルバイトのお姉ちゃんたちがなんか楽しそうに残り物を食べていて、最後まで楽しませてもらった。

夕暮れの泰尊ライブ、就寝ことり(本人は後ほど寝てないと言い張っていた)
翌日、モリ家は片付けに奔走するため、我々がお店を預かり、汽水空港のお店番をした。音楽どこで流すんだ?電気どこだっけ、などと言いつつ、ひっそり荷物を運ぶアキナさんに聞きつつ。やはりここまで来たからには本店に足を運びたい方はたくさんいて、バンバン本が売れる。こんなに本を売ったことがないので、智史は変なアドレナリンが出たと言っていた。昨日ライブをしてくださった東郷清丸さんもいらっしゃって、このニュースレターを購読してくれているという話をしてくれた。ニュースレターの読者に会うこと自体少ないのに、それが前から音楽を聴いている東郷さんともなれば、変な汗も出る。去際に娘さんの鬼太郎衣装を手作りしたとのお話をサラリとして、鬼太郎ミュージアムへと旅立っていった。爽やかな風が吹き抜けた気分になった。

1日お店番の日。前日お友達になったンケリコさんのチーズケーキも急遽出すことに
一斉着陸出店時に、『牛を食べた日』に出会えてよかったと、この本を書いたことにお礼を言ってくださった女の子がいた。畜産関係の仕事をしていて行き詰まっていた時に手に取ってくれて、何か力になることができたのだと言ってくれた。途中、出版が頓挫しそうになって、この本を出すことに本当に意味があるのだろうかと、弱気になった時のことを思い出した。意味がないと言う人もいるけれど、きっと意味のある人もいるはずだと、結構本当に歯を食いしばって出した本だから、そんなふうに言ってくれる人にひとりでも会えて、すごく嬉しかった。その時も泣きかけたけれど、今でもあの子の表情を思い出すと泣きそうになる。汽水空港にも来てくれて、持参した本にサインを書いて欲しいと言ってくれた。こういうときのために、カッコよくサインを書けるようになりたいのだが、(坂口恭平さんのサインが憧れである)付け焼き刃の練習(それにはおそらく羞恥心を捨てるレッスンが含まれる)ではうまくいかず、悔しい想いをした。
ーーーー
びっくりするほど、まっったく一行日記にならなかったので、以降、2025年10月後半〜2026年3月は次のニュースレターに回すことにします。
<10月後半〜今年3月出稿記録の記録だけは以下>
2025年10月18日 名古屋市TOUTEN BOOKSTORE「バナナのらんとごんイベント
2025年10月19、20、21日 バナナのらんとごんイベント、授業、イベント、授業 in色川とうつほの杜学園
2025年11月1日 福島県浪江町・StudioB-6 「B-side FES」
2025年11月23日 長野県松本市・栞日 「ALPS BOOK PALADE 」
2025年12月22日 (来訪)三輪舎綴方中岡さんと鈴木さん色川に来る
2026年1月23日 沖縄今帰仁村・はなうた書房 牛と馬トークイベント
2026年1月25日 沖縄県うるま市・或る日。 辺境本屋論トークイベント
2026年2月8-9日 (来訪)汽水空港モリ家色川に来る
2026年2月14日、そして3月4日 (来訪)能美舎まさみさん、ゆづくん再び、ふた再び色川に来る
2026年2月21-23日 (来訪)浪江町B-6メンバー色川に来る
中間技術について。薪灯油ボイラー生活開始
なんの話かというと、3月6日に、家の風呂が!5か月ぶりに直りました!!直していただきました!!!という報告です。前回か前々回かのニュースレターとインスタに書いたら、まさかまだ直ってないとは思わなかったよ、とだいぶ言われ、それからまた時間が経ち、やっと・・・。
あたたかいお湯が出ることって幸せなことだな・・・としみじみし、娘とは、家でお風呂に入るのって楽しいね!!と言葉を交わし、家のお風呂を堪能しています。あたたかいお湯をあんなにたくさん溜めて入るってすごいことなんですよね、本当に。
経緯をおさらいしておくと、9月、落雷により、灯油を燃やして窯の中を通過するお湯を温めるというタイプの灯油ボイラーが壊れました。灯油なのになぜ、と私も思ったのですが、着火部分が電気制御だったのですね。一部だけ直せば良いというものでもないらしい。
なんやかんやがずっとあって、まとまって考えたり決断したりする時間が取れず、進まなかったのですが、方向性だけは決めていました。今まで目を合わせずに来たけれどいつかはそちらに進みたいと思い続けてきた、できるだけ環境負荷をかけない生活へ足を踏み出す時が来た。多少お金はかかっても、導入しよう、「薪ボイラー(灯油併用)」を!と。

我が家にやってきた、中古の薪ボイラーちゃん
薪でお湯を沸かすことができるようになり、それを配管によってお風呂、台所で使えるようにしてもらいました。まだ毎日実験している段階ですが、灯油併用タイプは、環境負荷という点では貫けていないけれども、あることでスムーズに生活できる技術だと感じています。薪でお湯を沸かした後、窯を離れ薪をくべられない時、これ以上薪を追加すると熱くなりすぎて危険そうだという時。ボイラーにあるお湯の温度が下がりすぎると自動で灯油を燃やして温度を上げてくれて、ある温度までくると自動で止まるのです。例えば自分一人でお風呂に入る時にこの機能はとても助かります。「冷めたから薪足して〜」とか、「温度今どれくらいかな?」とか、大声で言えば家族に届く場合なら良いけれど、そうじゃない時に。
急いで薪に着火したい時にも、灯油を燃やして強い火力を出し、薪に火がついたら灯油を止めることができます。たぶんこの使い方が基本として想定されているようです。
温めて余ったお湯を洗い物に使えることも嬉しいおまけ。びわこふきんとお湯があれば、油っぽい洗い物でも汚れがかなり落ちます。今までは、冬はストーブで沸かしたお湯などを使っていたけれど、わざわざ洗い物のためにガスで湯を沸かすこともあり、罪悪感を抱いていました。それを思えば、薪 時折 灯油で温めたお湯を有効活用できるのはありがたいこと。何より、薪をくべ、火をおこし、お湯を沸かす・・・そのシンプルさがやはり楽しいです。
灯油併用薪ボイラーを使いながら、シューマッハーのいう「中間技術」を連想した。
彼が想定していたのは製造工場や農業の現場での話が主だと思われるので、厳密にはきっと全然違うのだと思うけれど。農村の開発をテーマにした章で、都市的で西洋的な技術、人間的要素を排除する技術、土地性によらずに適用できる技術、そういったものではなく、土地で調達できるものに大いに依存するような、中間技術を十分に村に馴染ませることが重要である、というようなことを述べている。

『スモール・イズ・ビューティフル再論』(E・F・シューマッハー・講談社学術文庫)
薪でお風呂に溜めた水を直接温める五右衛門風呂と、電気で水を温めて家じゅうに配管し、全自動で湯船に湯を張ることができる昨今の風呂の間にある技術とは言えるだろう。環境負荷が少なめで、でも生活のしやすさは考えられている。薪だけでも問題なく温められるので、いざという時、灯油が手に入らなくなったとしても、水と木さえあればお風呂に入ることができる強さがある。
まだ数週間ですが、薪と火のある山里の暮らしは気持ちが良く、毎日が楽しくなっているように思います。また定期的に薪ボイラーちゃんとの暮らしについて、ご報告していきたいと思います。
お知らせなど
色川山里ラジオ、3月のゲストは私です
千葉貴子回は来週月曜で第4回が更新され、そこで完結です。前に話したことを避けつつ話したことで、初聴の方にどう伝わるのか、伝わるのか自体不安はありますが、あまり話さないB面ぽい話を心がけたので、へ〜!そうだったん!と思ってもらえるような内容にはなっているかなと思います。耳が空いてるタイミングで思い出して聴いてみてくださいね。
棚田を守ろう会、2026年のサポート会員募集してます
昨年から色川の棚田を住民有志で耕作する「棚田を守ろう会」の広報部長を頑張っています。会員制度も刷新し、ネット完結電子決済もできるようにし(結構苦労しました・・・)、今まで会員になってくださった方に加え、新しい方にもぜひ出会いたい、サポート会員になっていただきたいと思っています。ご検討ください。
私たち千葉家にとって、守ろう会の活動は、とても大事な活動であり続けていると思っています。動画なんかも公開していくので、またお知らせします。
色川棚田を守ろう会Instagramはこちら▼
申し込みフォームはこちらから▼
Radio「らくだ舎のきらくなラジオ2 」月1回くらいで更新。リンクはpodcastですが、spotifyとYoutubeでも配信してます。podcasts.apple.com/jp/podcast/id1725074419
Radio「色川山里ラジオ」こちらはMCを交代交代で務めます(時折不在)。色川住民の人生を聴く番組です。https://podcasts.apple.com/jp/podcast/id1754913630
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実店舗 Coffee&Tea&Books らくだ舎 OPEN:木・金・土 10:00-17:30649-5451 和歌山県那智勝浦町口色川742-2 色川よろず屋内
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