らくだの足あと17歩目 2025.11.20
目次
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人間ではない生き物に囲まれて生きることの効用
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ラテとの45日。最後の3日間
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良い大人との出会いを、同じように感じ、書き表してくださったことが嬉しい。辻村深月さんへ。
人間ではない生き物に囲まれて生きることの効用
私たちはいつも、車で自宅から保育所に娘を送っていき、そのあとらくだ舎に行って仕事をする。私(貴子)の場合、月、火、水はライティングや編集、出版関連の仕事を。木、金、土は喫茶室と店の運営を。いつもの水曜。PC仕事をしていて、トイレに行こうと外に出ると、道向こうの放牧場に、草を喰むミミオレとゴロンと寝そべるカフェラテの姿が見えて、のどかな風景に思わず笑みが溢れる。
放牧場のミミオレ(写真:大岩りおま)
トイレから出ると、小さな小さなトカゲの赤ちゃんが跳ねるような軽やかさで動くのを見つけた。らくだ舎の周辺では、トカゲやカナヘビの赤ちゃんを時折見つけることができるのだが、小さいのにちゃんとトカゲで、本当に可愛くて、大好きだ。可愛い・・・!と行末を見守ると、あっという間に倉庫の中にちょろちょろっと入って見えなくなった。
ニコニコしながら、らくだ舎の中に戻る。
トイレに行って帰ってくるだけで、この世界には、人間だけでないたくさんの生き物で溢れていることを実感する。そして、気がつけば、忙しいとか、タスクを消化できていないとか、席を立つ前に抱いていたそんな焦燥感が薄れていた。ぎゅっとこわばっていた身体と脳みそがほわっとゆるんだ感覚があった。
人間は人間の時間で生きているが、生き物にはそれぞれ生き物の時間がある。生き物に囲まれて生きることは、他の生き物に流れる時間をそばに置くこと。じつはそれって、すごく大事なことのような気がする。(貴子)
ラテとの45日。最後の3日間
このニュースレターの下書きに、文章が残されていた。
この子ロバはどうするの?とたまに聞かれるのだが、引き続きミミオレと一緒に飼うつもりだ。小屋は手狭になるだろうから、増築するか、別に大きめの小屋を建てるつもり。この子ロバはトラックの荷台を慣れさせて、色川のいろいろなところに連れて行って草を食べるようにしたいと思っている。
ぎゅうぎゅうと胸が締め付けられる音がする。胸が締め付けられるとはつまり、身体的には、呼吸を止めてしまっているということ。呼吸が浅くなっているということか。……私は悲しさに集中できない性質だから、そういうことを考えてしまう。
9月、10月、11月。出店のために色川を離れ、何度も行商の旅に出た。
帰宅する日はいずれも、真っ暗になった夜中や早朝で、車で我が家の駐車スペースに滑り込む度に、ラテが産まれた日もこんな日だった、と思わずにはいられなかった。8月10日、所用と帰省で関東を訪れ、帰宅したその日の深夜に、ラテは産まれていたのだった。ウェブカメラの映像を見て、耳が見える、まさか、いやきっとこれは子ロバに違いないと、口々に言いながら車を走らせたあの日。
Instagramではお知らせしたが、8月10日に産まれたミミオレの娘、カフェラテは、9月25日に息を引き取った。45日のいのちだった。
書かなければいけない、書かなければ終われない、そんな気持ちがずっとあった。今やっと、もう一度向き合う時間を取ることができて、辛い気持ちを思い出すことに何の意味があるのかよくわからないけれども、振り返ってみることにした。ウェブに公開するようなものでもないような気もして、ここから先はメルマガ会員の方だけに届けたいと思う。
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ラテがくれたものは、本当にたくさん、たくさんある。
その存在を認識するたびに、お腹の底から湧き上がってくる、喜び。眺めているだけで満たされていく、あたたかくて幸福な気持ち。力強い走りに驚いたり、車に轢かれないかヒヤリとしたり、不安や心配な気持ちもたくさんあった。擦り寄って、後をついてきてくれた時などに感じた、心臓を鷲掴みにされたような愛おしさ。
そしてたぶん、ミミオレの命。これから先産まれてくる、ラテの妹や弟の命も。
ラテの面影は、絵描きののんちゃんの描くラクダにも現れた。ラクダなのだけど、ラテだね、と話した。もともと、このお話のラクダは、ラクダとロバの間くらいだよね、とは話していた。見れば見るほどラテを感じる。本編には現れないかもしれない、幼少期のらくだのラフスケッチ。
言葉にできないたくさんのもの。
ありがとう、ラテ。ごめんね。ありがとう。(貴子)
良い大人との出会いを、同じように感じ、書き表してくださったことが嬉しい
辻村深月さんへの出さない手紙
『この夏の星を見る』(辻村深月、角川文庫、2025)映画化に合わせ、文庫化された。らくだ舎図書室に収蔵しておきます
辻村深月さま
初めまして。和歌山県那智勝浦町の山の中で、本屋や喫茶室、出版などを営む千葉と申します。
『この夏の星を見る』を先ほど読み終わり、伝えたい、お話ししたいことが溢れてお手紙を書いています。
私は今年40歳になりましたが、辻村さんの取材された岡村先生の教え子です。岡村先生が、土浦三高の前にいた学校なのではと思いますが、水戸二高と言います。作中にもあるような、当時すでに共学化されたけれど、ずっと女子高だったので女子しかいない高校、でした。
岡村先生のおかげで私は地学が大好きになり、地学部ではなかったけれど、興味のあるやつは参加したらいい、と岡村先生に誘ってもらって、地学部の合宿にも行きました。大きな天体望遠鏡のある、天体観測のできる山の上のロッジで、天体にも感動しましたし、その前後でカルデラの縁を歩いて、景色も美しくて気持ちが良くて、とても楽しかったことを覚えています。(もう一度行きたいのに、場所がはっきり思い出せないことが悔やまれます)
当時、地学部の子達が昔の天体望遠鏡を再現して作って、表彰されていました。おそらくそれが、岡村先生が生徒たちと作った最初の空気望遠鏡だったのではないかと思います。地学部のあの子たちも、きっとこの本を読んで、岡村先生に連絡を取ったのではないかなと想像しています。
この本が岡村先生をモデルに書かれた、というニュースは、高校三年生の時に仲の良かった子達で作っているLINEグループへのメッセージで知りました。毎年、とまではいかないのですが、誰かが帰省する時に会える人を募る、そんな目的で作られたグループです。
ひとりが新聞記事をシェアしてくれて、みんなが口々に当時を思い出して発言しました。
おかむー!なつかしい!この本気になってたんだ、おかむーモデルだったんだ!すごいね!
作中に出てくる高校の先生を「ヨーコちゃん」、と呼ぶように、私たち生徒の間で、岡村先生はおかむーと呼ばれていました。飄々としていて、でも子どもみたいに目を輝かせて地学の授業をしてくれる様は、辻村さんが本作で描き出した綿引先生の姿そのもので、ありありと当時の岡村先生の様子が思い出され、私は一気に高校二年生の夏の地学室に連れて行かれました。
始祖鳥の化石のレプリカなど飾ってあったので、あれは地学室だったと思うのですが、地学室はどの高校にもあるものではないのですね。あそこも、岡村先生の一存で作られた部屋だったのかもしれません。
開け放した窓、授業中、暑さに耐えかねて下敷きでパタパタと扇ぐ生徒たち。それを辞めさせるために先生が言い放った言葉が、独特でした。憎々しげに言い放った先生の言葉と表情を鮮やかに思い出すことができます。
お前ら知ってるか。お前ら今、下敷きで扇いでるだろ。その時風が送られて涼しくなると思うだろうが、扇ぐために筋肉を使っているから、その分熱量が発生するんだ。だから涼しくなるのと、熱が発生するので、プラスマイナスはゼロ。だからお前らがやっていることは無意味だということだ。わかったか。
それを聞いて、その時の授業で下敷きを仰ぐ生徒はいなかったような気がします。
じつは今でも、うちわを扇ぐ時などこの言葉が脳裏に読みがえり、ああ私はエネルギー的には無意味なことやってるんだよな、と頭のどこかで思っています。
もうひとつ、すぐに思い浮かぶのが、富士山のことです。山の種類のこと、活火山のことなどを勉強していた授業中に先生は言いました。
オレはな、富士山は絶対に噴火すると思ってるんだ。オレが生きてる間に噴火してくれ、って祈ってるんだ。
実際に噴火したらふもとでは被害などもあるだろうに、不謹慎なことを堂々と言ってのける先生の言葉と生き生きとした姿が、ずっと私の中に残っています。本作を読んで、その姿が心の中に残っテイルのは、私が先生に感動したからだったのだと気づきました。私は、子供の前で取り繕うことなく、自分のままでいてくれる大人がいるということに感動していたのだと。
魅力ある岡村先生の姿、私が好きだった先生の姿を辻村さんがこうして小説に描き出して残る形にしてくださったことが勝手に嬉しく、勝手な御礼を申し上げたく筆を取りました。私の知っている実際の岡村先生は、綿引先生よりももう少し憎々しげというか、生徒にも気にせず悪態をつくような先生でしたけど、辻村さんが取材をされた時には、歳をとって丸くなったのか、小説家の方相手に多少の猫を被っていらっしゃったのでしょう。
もうひとつ、本作はコロナ禍で遠隔でつながる高校生たちのお話でしたが、40歳になった元高校生たちが、本作を通じてまた繋がった感覚があることをお伝えしたいとも思いました。
これまでもLINEグループは存在していましたが、私は遠方で自営業ということもあり、帰省タイミングが合わず会話を傍観するだけ、ということも多いのが実情でした。『この夏の星を見る』そして岡村先生の話題は、私のように普段あまり会話に参加しないメンバーもみんな口々に思い出を語り、帰省のタイミングを話し合う実務的なところとは違う部分での繋がりを感じられました。
小説と現実が重なり合うこのおもしろさと興奮を、きっと小説家の方は幾度となく見聞きされているのだろうなと思いますが、やっぱり生み出してくださった方にお伝えしたくなりました。
今後も素敵なお話を、世に生み出してくださることを楽しみにしています。ありがとうございました。
らくだ舎 千葉貴子
発信などいろいろ、いろいろ
Radio「らくだ舎のきらくなラジオ2 」月1回くらいで更新。暇な時に聴いてください。リンクはpodcastですが、spotifyとYoutubeでも配信してます。
Radio「色川山里ラジオ」こちらはMCを交代交代で務めます(時折不在)。色川住民の人生を聴く番組です。https://podcasts.apple.com/jp/podcast/id1754913630
Instagram お店のこと中心に、日々のことをお知らせ
実店舗 Coffee&Tea&Books らくだ舎 OPEN:木・金・土 10:00-17:30649-5451 和歌山県那智勝浦町口色川742-2 色川よろず屋内※11/22(土)は12時までの営業です
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今月はもう一通は出すぞ!と思っています。旅と行商、そこで出会った人、もの・ことなども書きたいことがたくさんあります。お楽しみに!
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