らくだの足あと 24歩目 2026.9.17

なんとなく、最近の自分はのんべんだらりとしている。夏休みモードがそのまま通常生活に持ち込まれたような。が、そもそも自営業。キリキリせずにやれているならそれでいいような気もしている。(今回もtxt.貴子)
らくだ舎 2026.09.17
誰でも
雨上がり、集落に半円状に虹がかかっていて娘と一緒に大興奮。虹の端から端までが綺麗に見えた。色川では虹を目にする機会も多い

雨上がり、集落に半円状に虹がかかっていて娘と一緒に大興奮。虹の端から端までが綺麗に見えた。色川では虹を目にする機会も多い

***

目次

  • サイレンと遠雷

  • 航海日誌・2026年5月郡上八幡でのこと

  • 雨上がりの休日に。compiさん12周年企画CD出張販売「雨と休日」

***

サイレンと遠雷

ふっと浮かんだタイトル。
何かに被っているよな、と調べると

『蜂蜜と遠雷』の間違いではないですか?
短い物語や小説のプロットを進めたいですか?

・・・そんなことをAIに言われた。
うるせぇ。口には出さずに毒づく。語感として蜂蜜と遠雷に近かっただけで、被ってはいなかったようだ。

最近ぼんやり思ったことなどを書こうと思った。

サイレンの音が嫌いだ。
ここに住んでいると、サイレンは確実に「誰か」に「何か」があったことを知らせる音だからだ。当たり前のことだが、その誰かが、近しい・少し遠いの差はあれど、知っている人ではある。怖い。悲しい。人口300人の地域で生きるということは、そういうことだ。

サイレンの音が聞こえたら、里のあちらこちらで
「救急車、ここの前通った?」
「昨日の救急車誰だったんか知ってる?」
「うちの前通ったんやけど、どっち行った?」
「上の道ずっと行ったみたい」
そんな会話が交わされる。

みんな気にかけている。何かできることは少なく、仕方がないとあきらめながら、ではある。

明け方、3時ごろだったろうか。救急車のサイレンがけたたましく鳴り響いていた。私の住む区の中は通過せず、うちよりも下の道を、隣の区の方へと抜けていったようだった。

サイレンの理由が、地域の人ではなく、登山客だったことがあった。怪我をして、衰弱してしまっていたというような噂だった。どこかでホッとした自分がいて、ひとり、バツの悪い思いをする。知らない人ならいいのかよ。

あれだ、ミスチルが歌っていたやつだ。『ニシエヒガシエ』だったかな。違った、『マシンガンをぶっ放せ』?いやそれも違った、イエモンの『JAM』だった。(同じ間違いをしている人がYahoo知恵袋にちょこちょこいて親近感がわいた。)『JAM』は福田さん・同じ地域に住んでいて、元英語教師の農家さんで色川オヤジバンドのVo.Guiterで・の十八番の曲だ。福田さんと千葉家ともうひとりで年に一度カラオケに行く恒例行事があるのだが、その、年に一度にほぼ100%歌うので、私の中ではもはや『JAM』は福田さんの曲だ。福田さんの声で再生されて、吉井さんのボーカルは思い出すことができない。

外国で飛行機が墜ちました
ニュースキャスターは嬉しそうに
「乗客に日本人はいませんでした」
「いませんでした」「いませんでした」
僕は何を思えばいいんだろう
僕は何て言えばいいんだろう
こんな夜は 逢いたくて逢いたくて 逢いたくて

THE YELLOW MONKEY 『JAM』

私が中高生の時に覚えたイエモンの曲は三曲くらいしかないけれど、当時もこの一説に強く共感したから、JAMは知っている曲のひとつになったのだった。

でもやっぱり、里の誰かでないことを祈っていて、登山客だとか、もっと奥の方の向こうの町の人だとか、だったらいいなと……はっきりとではないけれど、思ってしまっている。

大阪や東京に行くと、サイレンの音はBGMだ。将棋の中継を見ている時もよくそれを感じる。とくに昨年までの旧関西将棋会館はおそらくよく救急車が通る道沿いにあり顕著だった。気に留めていたら勝負にならないし、集中していれば耳には入らない。気に留めてはいけない音。雑踏のBGMの一部を構成する音。

サイレンが鳴っていた時、遠雷も鳴っていた。多分ずっと鳴っていて、朝目覚めた時にも聴こえた。昨年家に落雷してから、雷は私にとって「落ちるかもしれない」ものに変化した。
身体を強張らせ、耳を澄ます。落雷地点まで、どれくらい距離があるのか、耳で測るために。

サイレンの音に、耳を凝らす。どちらの方向へ向かったのか、どの道を行くのか探るために。

音と、耳と、生活の話。(txt.貴子)

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航海日誌・2026年5月郡上八幡でのこと

ここのところ航海日誌ばかり書いていて、ノルマになっているのはどうなんだと思いつつも、やっぱりどんなに時間が経ってしまっても、振り返りを書いていることは大事だ。私は決めたことはやりきるタイプだ。お世話になった皆さんへの感謝の気持ちを思い出しながら今回は郡上八幡を訪問した時の話を。

一連の5月泰尊ツアーの経緯、郡上八幡へのきっかけ

昨年、汽水空港10周年フェスにて、初めましてとなったラッパー・泰尊(タイソン)。鳥取県湯梨浜町で行われるフェス当日の数日前から、泰尊が出演するイベントが山陽山陰でいくつか組まれていた。本屋の出店もできるのでよかったらと誘ってもらい、同行させてもらった。

泰尊から今年3月に、5月末にらくだ舎に行けるかも、ライブできる?という連絡をもらった。もちろんぜひ〜ということで組むことになったのだが、話をよく聞くと、「岐阜でライブが決まったからさ」とのこと。ん??岐阜???まあ、鹿児島から岐阜に行くことを考えれば、「だいたい同じ」エリアには収まるような気がする。……でもわりかし遠いけどな。ま、嬉しいからいっか。「そっかやったーありがとう!」と言った、と思う。

泰尊は5/24に岐阜県の郡上八幡市でライブが決まっていて、それを軸にライブツアーを組みたいとのことだった。岐阜と聞いて思い浮かぶのは「山のハム工房ゴーバル」だ。調べてみると、郡上八幡市から恵那市を通過してらくだ舎に向かうのは良いルートのように思えた。

ゴーバルのみんなが音楽好きだということも知っていたし、良い出会いになるような気がする。

桝本さんに連絡を取り、どうぞどうぞ、「報酬はハムで良いかしら?」とメールをもらい、泰尊からもオッケー!との連絡。軽いノリでOKなのかと思ってしまっていたけれど、本人の中では逡巡もあったことをMCで何度か話していた。私なんかはゴーバルのハムの美味しさ、その品質の高さを知っているから、むしろお得だとすら感じる。でも、物々交換と貨幣の価値換算との問題、常に必要な貨幣の量によっても、感覚はやはり違って当たり前だ。けれどだからといって、無難に貨幣にすべきだということでもないのだと思う。本当は、スムーズなやり取りでなくてもいい。お互いの気持ちを話しながら良いもので価値を交換していけたら、きっとその方が良い。

先に種明かしになってしまうけれど、最終的に届いたゴーバル商品は、たっぷり段ボールいっぱい詰まっていて、泰尊の家族みんな喜んでくれたみたいだ。同行していなかったご家族にも、ゴーバルの空気がきっと届いたと思うと嬉しい。

さて、郡上八幡の話だ。最初の打ち合わせの時に、郡上八幡のイベントにらくだ舎も来たら?と泰尊。主催の大ちゃんぜひ紹介したいんだ、と言ってくれた。せっかくのお誘いなので、行くことにしたら、偶然にもその大ちゃんと私たちに共通の知人がいて、大ちゃんはイベント2週間前に那智勝浦に訪問する予定だという。私(貴子)は仕事で不在だったのだが、智史とことりはその時にも大ちゃんといろいろと話すことができたらしい。

2026年5月24日 平和の日PEACE DAY!GUJO 出店・岐阜県郡上八幡市

大ちゃん、こと上村大輔さんが中心となって企画された本イベント。その名の通り、「平和のことをちゃんと考えよう。平和であり続けるためにちゃんと知って考えて動こう」そんなメッセージを伝えるイベントだったと思う。郡上八幡の、メイン(と感じた)通りの突き当たりにあるお寺、願蓮寺で行われた。

出店場所のすぐ上に鐘が

出店場所のすぐ上に鐘が

郡上八幡というまちにも、たくさん感じることがあった。とても良いまちだった。小さな、素敵な個人商店がたくさんあり、ずっとここで商いをしてきたお店には味と趣を感じてよかったし、近年移住者が開いたお店はデザイン性が高く覗きたくなるお店ばかりだった。その両方がまちを形作っていた。

中央を流れる川を軸としながら、いわゆる町家が連なって形成された宿場町という雰囲気。大ちゃんが「子どもの頃から家族の節目にはここに来ていたんだ」、そう語る日本料理のお店から、雰囲気がよくて美味しそうな居酒屋さん、クラフトビール屋さん、駄菓子屋さん、最近オープンしたというしゃれた文房具屋さん。私たちが長時間立ち止まってしまった、種と農業用品とそうめんを販売する商店は、種をバラ売りしているのがカッコよく、ディスプレイ全体もよかった。イベント翌日の忙しいなか、半日かけて案内をしてくださった大ちゃんとさくらさんに感謝です。

細い路地、木の塀が連なる郡上八幡のまち(左)タネばら売り、オリジナルなフォントもかっこいい「小板菊松商店」さん(右)

細い路地、木の塀が連なる郡上八幡のまち(左)タネばら売り、オリジナルなフォントもかっこいい「小板菊松商店」さん(右)

大ちゃんによると、郡上八幡のこのあたりは、空き家を改修して新たな借り手に渡していく事業を行う組織があり、町の行政とも連携していて、仕組みがうまくいっている、という話だった。確か、先にその団体がいい感じに改修して価値を高め、借り手は家賃に改修費がのってくるような仕組みだったと思う。そして、持ち主は売らずに貸すことができるし、借り手との間に一組織が入っていることで煩わしさも少ない。ほとんど使っていないのに空き家になっている、そんな物件をちゃんと活用することができているのだという。だから移住者による小さなお店が増えているのだ。持ち主、借り手双方にリスクが少ない良い仕組みで、やはり中間支援が重要だという思いを強くする。

郡上八幡はそもそも、日本三大踊りのひとつ、「郡上踊り」で有名な観光地である。けれど、形のない「踊り」という文化が観光資源である場合、観光に住民の参加が含まれるというのは面白い構造だと思った。だって、踊るのは住民だから。住民そのものが観光資源でもあるという構造。町の観光に、住民みんなが否応なしに関わっている、参与可能性がある。観光のために踊っているわけではなく、自分たちの祭りだから、自分たちが踊りたいから踊っている。それが後から観光になっている。ように一瞬通りがかっただけの私には思えた。

那智勝浦町の場合、観光は「滝や神社などの観光名所」あるいは、「食べ物(まぐろ)」というシンボルに依拠したものである。そこに人はほぼ、現れない。観光的に消費される人としては、那智の扇祭り(火祭り)に出る氏子及び地域住民だとか、漁師と仲買人があるだろうか。だが主に観光の影響を受けるのは「ガイド」「旅館・ホテルなどの宿泊業」「飲食業」であり、それ以外の人たちにとってはあまり関係がない。産業として分断されている。

郡上八幡は、生活と観光と住民が混在している。観光の町だが、住民が大切にされている感じがして、それが心地良かった。

イベント会場の目と鼻の先に、移住した青年(とはいえすでに同年代だと思う)が営む素敵な下駄屋さんがあった。地域の檜を使った下駄を、との思いから始めた事業だと記事を読んだ。店内には所狭しとオリジナルの柄の鼻緒が並べられ、下駄部分のサンプルもあり、その場で組み合わせて試着して、調整しながらすげてくれる。イベントの休憩中に店を訪れ、私は鼻緒を、娘は子ども用の下駄を購入した。娘は大満足で、それから数日をずっと下駄で過ごした。

下駄屋が成り立つのは、郡上踊りがあるからだ。よく踊る人なら、年間1足、下駄を履き潰すという。子どもは足が大きくなるから、2、3年で買い替えも起こる。下駄が住民にとって消耗品だからこそ店が成り立ち、観光客による購入も多少それを支えているのだろうなと思った。伝統芸能として、伝統の保全として、踊りが存在しているのではなくて、踊りという文化がまだまだ生きている。

本殿も使ってのイベントだった

本殿も使ってのイベントだった

さて、PIECE DAY GUJOの話に戻って、このイベントでまず印象的だったことは、「郡上9条の会」の方が、その主催に名を連ねていたことだ。9条の会のことは、6月のニュースレターに書いた。智史が、5月3日になちかつ太地9条の会の集まりでお話をさせていただいて、その存在を知った団体だ。

郡上9条の会の皆さんの存在を確認したことによって、本当に全国のいろいろなところで、草の根の活動をしてきた歴史を実感した。

お寺を入ってすぐのところに、明らかに他の出店者よりも年配の方々がテントを張っている。昔ながらの、チラシ配りと署名のお願い。9条や、平和のことに関するシールアンケート。頑張ってくださいね、と思いながら、どこかでもどかしさを感じる。頑張りが、明後日の方向へと霧散していくような……けれど、何がどう効果があるのかなんて、私にも本当のところはわからない。こうした地道なことが大事なのかもしれない。

おしゃれな古道具、古着屋さんの出店も

おしゃれな古道具、古着屋さんの出店も

出店する個人店の皆さんは、どのお店もクリエイティブで、美味しそうで、洗練されていた。中央では「上村考版」さんがシルクスクリーンワークショップをしていた。戦争反対、平和、そういったメッセージを図案化した意匠を、持ち込みのTシャツやエコバック、その場でTシャツを買って刷っても良いようになっている。この図案は、デザイナーである大ちゃんがデザインしたもの。上村考版は、今は弟さんが継いで経営する会社で、ご実家なのだそうだ。かっこいいデザインの図案のこれらは、余り布に刷られ、チャリティーワッペンとして販売されてもいた。

現在らくだ舎でも、この時に受け取ったワッペンをチャリティー販売しています。いただいた金額は全額を国境なき医師団へ寄付します

現在らくだ舎でも、この時に受け取ったワッペンをチャリティー販売しています。いただいた金額は全額を国境なき医師団へ寄付します

「考版」は、「孔版」を文字ったおしゃれな名前だ。孔版自体、馴染みのない言葉と感じる方も多いと思うが、版に小さな穴(=孔)を開けてインクを押し出して転写する印刷・版画の技法のことをいう。

昨今日本で最もよく使われている孔版の技法はおそらくシルクスクリーンだろう。細かい網目の布を使い、インクを通したくない部分を薬剤で塞ぎ、インクを通したい部分だけを残して版を作り、印刷する。

というのも、この郡上八幡は、シルクスクリーンが産業として盛んな町でもあり、何軒も孔版屋さんがあるそうだ。なんて素敵なんだろう・・・!前述の下駄屋さんも、郡上八幡のシルクスクリーンで刷ったオリジナルの柄を鼻緒にしていた。上村考版のウェブサイトをのぞくと、「水と空気以外にはなんでも印刷します」と力強い言葉で宣言されていた。可能性がすごい。

私たちは本殿の屋根の下(調べると向拝・ごはいと言うらしい)にスペースをいただき、本を販売した。今日のイベントの趣旨にあったものを智史が選書して持ってきた。『日本国憲法』はじめ、憲法関連の本、戦争、平和、パレスチナ関連の本、そして、対話の本。もちろん、らくだ舎出帆室の本も。たくさんの方が熱心に見てくださった。夕方には、ある程度出店が落ち着いたのか、郡上9条の会の方々が次々に来て、たくさん買ってくださった印象がある。皆さん勉強家でいらっしゃって、本もお好きなのだと思う。皆さんが配っていた、戦争の歴史一覧のチラシも興味深かった。

来店いただいた中には、「小さな庭」という岐阜県内の本屋さん(翌日この本屋さんとも初めてお会いすることになる)で私の書いた『牛を食べた日』を買ったというお客さんも来てくださった。私たちが来ると知って驚き、いかなきゃ、と思って来ました、とのこと。恐縮、でも嬉しい。

娘は、いろんなお店でお菓子を買うなどして楽しむ。泰尊は夕方のライブなので会場入りは午後だった。泰尊に久しぶりに会うからとお手紙を書き始め、その後も興が乗ったのか、何やらたくさんの手紙を制作している。お手製のチラシ?名刺?のようなお手紙。

「ことりといいます。らくだしゃでほんやです。よろしくおねがいします。」

そんな内容。お母ちゃん、ついて来て!と娘に連れられて、出店者の皆さんを回る。しかし、いざ皆さんに手紙を渡すとなるとモジモジする娘。焦ったいことは焦ったい。受け取っていただけますか?と私が聞いて、娘ははいどうぞ!と手渡す形が定着した。飲食出店のお姉さん方は可愛い〜〜!とニコニコ受け取ってくれて、後ほどSNSにアップするなど喜んでくださった。

泰尊には去年から、ことりはらくだ舎の営業担当だと言われていたが、おそらくその自覚が育ちつつあり、このような遊び?活動?を思いついたのだろう。恥ずかしがりながらもちゃんと実行し、やりきるのが娘のすごいところだ。末恐ろしい才能。このまま成長していくのだろうか?

音楽、市、対話、の3本柱のイベントだった

音楽、市、対話、の3本柱のイベントだった

私は見聞きできなかったのだが、メインとも言えるプログラムが、午後イチの時間帯、本殿で開催された「ヘイワノタイワ」というトークセッションだった。さまざまな立場の人で話そうというプログラムで、前述の9条の会の皆さんも、若い世代の人も、泰尊も参加していた。憲法や9条について学びつつの対話プログラム。会場には来られなかった、郡上八幡出身の現役自衛官からのメッセージを聞くシーンもあったそうだ。自衛官の方が現在の日本、憲法改正に向かう現政権の動きを実際にどう思っているのか、感じているのか、語られることは少ない。どんなことが語られたのだろうか。自衛隊だって当たり前に一枚岩ではない。自衛隊というロボットが存在するのではない(今のところは)。ひとりひとりが人として、何らかの感情、何らかの疑問、何らかの思いを持ちながら、日々を生きている。中身は聞けなかったけれども、メッセージを寄せてくれたという事実だけで、そのことに思い至ることができる。

久しぶりの泰尊のライブは染み入るものがあり、お寺の境内、だんだん暮れゆくなか、白い衣装で歌う姿がかっこよかった。初泰尊の方も多いようだったので、千葉家は先輩面をして前の方で楽しむ。途中から私は店番に戻りつつ、遠景で聞いた。古いお寺の建造物ごしに見るのも良いものだった。本殿前の階段に腰掛けて聴く人もたくさんいた。本殿横には住職(推定)の家があったのだが、住職はアウトドアチェアを出してひとりビールを飲みながら聴いていて、いい感じだった。

泰尊の後、ライブのトリは、郡上八幡の中学生ラッパーグループによるパフォーマンスだった。技術云々ではなく、楽しそうで、堂々としていて、素晴らしかった。見知らぬ大人にたくさん囲まれて、トリを任されて、立派に歌う中学生男子。子を持つ親なら泣いちゃうやつ・・・。その後は泰尊と、もうひとり謎の地元のラッパーさん(大人の人で酔っ払いつつ、泰尊にもお前は誰なんだよと突っ込まれていた)も参戦して、サイファーで一緒に歌う。大人と中学生の間に境界のない世界。平和とは、こういうことなんだろう。境目を取り払っていくこと。分類をなくしていくこと。

良いイベントだった。良いまちだった。それが、住んでいる人みんなの手でつくられていると思った。

サンキュー郡上八幡! ありがとう、また会いましょう

泰尊のLIVEMCより
触れられなかったけれど、宿泊したお宿源右衛門、そこを営むあやこさんご家族と出会えたことも嬉しかった。街中とはまた違う、素敵な場所。宿泊代と私たちの本の物々交換、幸福な瞬間でした

触れられなかったけれど、宿泊したお宿源右衛門、そこを営むあやこさんご家族と出会えたことも嬉しかった。街中とはまた違う、素敵な場所。宿泊代と私たちの本の物々交換、幸福な瞬間でした

<今後の日誌予定覚書>
5月25日 山のハム工房ゴーバル訪問。泰尊ライブ
5月27日 来訪・泰尊らくだ舎ライブ
7月12日 紀宝町立図書館 絵本バナナのらんとごんから学ぶ
8月2-3日大阪中津商店街「ンケリコ」出店

(txt.貴子)

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雨上がりの休日に。compiさん12周年企画CD出張販売「雨と休日」(選書しました)

compiさんは私たちの住む那智勝浦町にあるが、色川とは異なるエリア、下里地区にあるおしゃれな雑貨店だ。あやさんとヨネさんのご夫婦が営んでいる。あやさんは勝浦が地元で、Uターンしてきたという話だったはずだ。私が引っ越して来る頃にはすでに勝浦のおしゃれスポットとして有名だった。当時で、開店して3年目くらいだったということだ。個人店の大先輩のお店でもある。

初めてcompiを訪れた時だと思うが、こんなところで雑貨屋なんて、といろんな人に言われたけどなんとかやってます、とヨネさんが言っていた記憶がある。

そんなcompiさんが12周年を迎えられたとのこと。パチパチ。その記念企画として、「雨と休日」という八王子にあるCDショップに選盤してもらい、CDの出張販売をするという。らくだ舎も、この企画に合わせた書籍を選んで欲しいとの依頼をいただいて、選書し、販売してもらっている。智史は「雨と休日」さんを以前から知っていて、SNSなどチェックしていたお店らしい。ゆるやかにテーマとして音楽、そして、「雨と休日」さんのイメージにあったものを選書したとのことだ。これを機に・・・ずっと行けてなかったcompiさんに、行くぞ・・・!(出不精ゆえ、一大決心)ということで、つい先日の日曜日に、お店に伺った。

フライヤーをらくだ舎二番出入口に貼っています。平田聡さんの展示も同時開催中。私は聴くもの見るものが多すぎて平田さんの絵まで辿り着けませんでした・・・

フライヤーをらくだ舎二番出入口に貼っています。平田聡さんの展示も同時開催中。私は聴くもの見るものが多すぎて平田さんの絵まで辿り着けませんでした・・・

同じ町内だがエリアとしては異なり、普段買い物に行く場所の道すがらというわけでもなく。私たちの買い出し曜日である水曜日が定休日でいらっしゃることもあり、私たちは本当になかなかcompiさんを訪れることができていなかった。娘に「初めて来た」と言われ、ギョッとする。彼女が赤ちゃんの時に来たことはある気がするが、だとしても6年ぶり。間が空きすぎである。

そして、このcompiさんの雨と休日さん展示販売がものすごく楽しかったので、お伝えしたくて書いている。

compiさんInstagramより

compiさんInstagramより

compiさんInstagramより。CDみたいに本も並ぶ。ディスプレイセンスが光っていました

compiさんInstagramより。CDみたいに本も並ぶ。ディスプレイセンスが光っていました

並んでいるCDとそのポップ、そのテキスト、考えられた空間、じっくり視聴して決めてほしいという配慮の滲み出る設備・・・「音楽をじっくり聴いて選ぶことをもうずっとしていないことに気づいて」とヨネさんが智史に語っていたのを盗み聞いた。本当にそうだった。選べる状態になって初めてそのことに気づかされる。

サブスクではなく、CDであること。ジャケットの造形物としての良さは、目をみはるものがあった。中にはサブスクで良く聴いていたアルバム、かけたことのあるアルバムもあった。だが、画面で均質化されていた真四角の画像と、現実のジャケットがあまりにもかけ離れていて、現実に悶絶した。ものがたりがついていたり、折り紙でジャケットが形作られていたり、大きな判型で美しい写真が印刷されていたり、空の重ね箱の蓋の裏にCDが貼り付いていたり……。サブスクで聴いていたそのアルバムだとは気づかなかったものすらあった。どのジャケットもすごく工夫されていて、音楽の一部として世界を伝えようと、でもコストをかけすぎないようにもがいているようにも見えて、それ含めて、やられた〜降参だぁ・・・という気持ちになる。

CDとともに並ぶことで、本もまた違った輝きを帯びていた。そうだ、こんな本があったのだった。空間を作るために本がある状態もまた良いものだった。

ことりとヘッドフォンを取り合いながら聴く。これも聴きたい、これも、これも・・・知り合いが次々にやってきて挨拶をしつつも、意識は完全にCDにある。どうしよう、今を逃してはならない・・・!

智史には、1枚にしよう、サブスクにないやつが、やっぱりいいと思う。ともっともな意見を述べられた。一枚に絞るべく検索すると、どれもサブスクには入っていないではないか。しめしめ・・・どれもサブスクになかったよ、仕方ないよね、全部買おう!(ニコニコ)と矢継ぎ早に言って押し切った。嬉しい。ホクホクして帰るのも楽しい。車で一枚ずつ、大切に聴いている。

こうしてCDを選ぶっていうのは特別なことになったんだよ。昔は、あんなふうに、CDを売っていて、視聴して買える、CD屋さんっていうのがどの町にもあってね、そこでCDを買うっていうのが、音楽を聴くためには必要で、それが普通だったの。

へ〜。今はもうCDやさんってなくなっちゃったってこと?なんで?

ええとね、ほら、スポティファイ、うちでも使ってるでしょう。サブスクって言ってね、月々いくら払うと、だいたいぜーんぶの曲が聴けるよ、いっぱいいっぱいどの曲でも聴いていいよ、っていうサービスができてね、みんなそれを使うようになっちゃったの。ことりも使ってるじゃん、やっぱり便利でしょ。だからCDが売れなくなっちゃったの。

そうなんだあ。じゃあCDがうれなくなって、CDやさんはみんななくなっちゃったってこと?

そうだね、たくさんなくなったけど、今日行ったみたいに、頑張ってるお店もあるんだよ。丁寧に売ることで、頑張ってるところもあるんだよ。やっぱりいいよね、CDやさんも。

その三日後、車中でCDを聴きながらの娘との会話

サブスクだから出会える音楽がある。確実に。
でも、自分の感覚を信じること。自分で意思を持って選び取ること。五感、六感を使って。そこには確かに喜びがある。

私たちが手放そうとしているのは、そういう喜びなのだと思う。

選んだ三枚!CD購入者にプレゼントしてくださる、雨と休日さん作成・CDが廃盤でサブスクでしか聴けないおすすめ楽曲リストの印刷物も素晴らしかったです

選んだ三枚!CD購入者にプレゼントしてくださる、雨と休日さん作成・CDが廃盤でサブスクでしか聴けないおすすめ楽曲リストの印刷物も素晴らしかったです

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compi12周年企画CD出張販売「雨と休日」
9/1〜27 まで open11〜18時、水曜定休
compi 和歌山県那智勝浦町下里556-1

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(txt.貴子)

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Radio「らくだ舎のきらくなラジオ2 」月1回くらいで更新。暇な時に聴いてください。リンクはpodcastですが、spotifyとYoutubeでも配信してます。

Radio「色川山里ラジオ」こちらはMCを交代交代で務めます(時折不在)。色川住民の人生を聴く番組です。

Instagram お店のこと中心に、日々のことをお知らせ

実店舗 Coffee&Tea&Books らくだ舎 OPEN:木・金・土 10:00-17:30649-5451 和歌山県那智勝浦町口色川742-2 色川よろず屋内

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