らくだの足あと 23歩目 2026.8.26

目次
航海日誌(2026年1月〜4月)
他人の家で目覚める:2026年4月20日
いわゆるリフォームが始まった
寄稿掲載のお知らせなど
8/30sun17:30~ 居酒屋イベント「夏の夜の夢」オープン。お酒と肴を楽しみましょう
航海日誌(2026年1月〜4月)
らくだ舎出帆室の、行商の記録続き。あまりにつらつらと書きすぎていたのでは?と反省、できるだけ軽やかに書くことを心がけてみたのだが、全くそうはならなかった部分とできた部分が混在する結果に・・・。
2026年1月23日 沖縄今帰仁村・はなうた書房 1日お店番/牛と馬トークイベント

インスタ告知画像より。元データを削除してしまってスクリーンショット・・・
前日の話。1月22日に私たちは沖縄入り。はなうた書房のひろこさんと、パートナーのてっしーさんと、今帰仁の素敵な焼肉屋・牛の胃袋さんへ。一頭買いを中心にしていること、経産和牛であることなど、信念のある焼肉屋さんのようだ。翌日の対談相手であるリクさんも、馬旅の仲間達と同じ場所で成人のお祝いをしていて、本で読んでいたあの人たちが目の前にいる、と思うとドキドキした。
私は沖縄行きの1週間前くらいから謎の腹痛に襲われており、この日になってやっとなんとか落ち着いてきたところ。お酒は控えざるをえず、様子を見ながら食べる。その分じっくり食べることはできたかもしれない、だが次にくるときは全力で食べ飲みしたい。このお店を作るに至った経緯とか、なぜ経産和牛なのかとか、もっとお店の方にもお話を聞いてみたいと思った。

娘の今回の沖縄最大の目的は美ら海水族館、そしてそこでお年玉でぬいぐるみを買うこと
当日。朝から娘念願の美ら海水族館に行って、娘大満足ののち、リクさんの実家である『波羅蜜』で昼食。リクさんもふつうに接客していた。リクさんはここで暮らしているのだなあと当たり前だけど思った。リクさんのお母さんである根本きこさんの本は、前職の生協のカタログ制作の編集室の本棚にあった。レシピや撮影の時などページを繰っていたと思う。本を出すような料理家さんがこんなにも開かれたカフェで自ら料理しているのは、とても稀なのではないかな。この時には体調がすっかり回復し、安心して全力でお料理いただいて、心底、菜の一つひとつに感動した。リクさんのお父さんで店主の西郡さんが土鍋焙煎しているというエチオピアのコーヒーもものすごく美味しかった。今度来訪した時は、ご一家とまたゆっくりお話してみたい。その後、波羅蜜ではある日の高橋さんも合流して挨拶、お話など。

この日の定食はこんな感じ。ひとつひとつが地味深くて美味しい・・・この時店内で販売されていた本『沖縄今帰仁「波羅蜜」の料理 カレー、ときどき水餃子』(根本きこ)は仕入れてらくだ舎でも販売中です
午後から「はなうた書房」さんで一日お店番、色川茶を振る舞うなどする。とても素敵なお店でお宅。靴を脱いで上がるっていいなと思う。お客さんもリラックスしていて、家に遊びにきた、という空気感。皆さんがじっくりと本を見ていく。はなうた書房さんは、毎月、23日に開く本屋さんだ。店主の勅使河原ひろこさんは、編集の仕事をしながら、このお店をしている。ご自宅でもあるのだが、改装した家を訪れる友人たちから、何かお店をやったら、と言われて、本屋をやろうと思った、とのことだった。無理なく。鼻歌を歌うような軽やかさで。ふんわりとしたひろこさんが纏う空気がそのままお店になっていて、心地良いという言葉がぴったりな場所。

はなうた書房さん。なぜ23日か。マイケルジョーダンの背番号なのだという
娘もまるで家のようにリラックスして、工作に勤しむ。ワビとサビ、という美しくて可愛い猫たちが、気まぐれにやってきたり、去ったりする。娘が構ったり、構ってもらったりしている。

遊び遊ばれる娘
「曜日ではなく、23という数字固定も案外良いんですよ。お店をしている人でも、一年のどこかで定休日が被って来られたりするんです」とひろこさんが仰っていて、納得。営業曜日被りで自営業店往来難しい問題は私たちも感じていたことだ。
来客した方々、ひとりひとりと、ゆっくりお話ができて、充実した時間だった。色川を訪れたことがある方もいてお互いに驚く。近しい思考で、異なる土地土地で生きている、生きてきた人がいる。

イベントは、はなうた書房目と鼻の先にある離れスペースで
夕方からのトークイベントには、ひろこさんが声をかけてくださった皆さんを中心に、来店でイベントを知ってそのまま参加してくれた方も。西郡さん一家も来てくれた。しかし、肝心のトーク内容については記憶がうろ覚えである。こんな感じでいいのかな、と終始不安だったことは覚えている。何しろ著者として話をする、ということがほぼ初めて。これまでイベントも、どちらかといえば智史が喋り、私はサポートと子守が多かったから。不安だったけれど、トークお構いなしにひざに乗ってくる娘に和ませてもらったりもしつつ、『牛を食べた日』で伝えたかったことについて、伝えることはできたと思う。
2026年1月25日 沖縄県うるま市・本と商い ある日、 1日お店番・辺境本屋論トークイベント

本と商い、ある日、
この日私は最終的に謎の発熱で使い物にならなくなり、書けることがあまりない。体調不良をおおっぴらにするのは気が引けて、イベントが終わるまでそこに居て目の端で娘を捉えることだけを考えていた。どんよりとした意識の中で、辺境で本屋をやろうと思ったのではなく、辺境に暮らすことがまずあって、そののちに本屋をやろうと思ったということなのではないか、発言が許されるなら言いたいのに、みたいなことをぐるぐる考えていた。今思うとわかりにくいし、大して説明にはなっていない。
ある日、はさすがの密度の濃い本屋さんで、ギャラリーもあり、アーティストの方とコラボして作ったグッズなども大変なクオリティで多々あり、本屋として完成されている感じがして。文化的が過ぎるぞ、という気分にもなったけれど、高橋さんは飄々とケーキを手作りしていて、でもカウンターの奥でメニューに隠れたいとも言っていて、可笑しな人だなあと思った。そしてそれがやっぱりお店になっていた。めちゃくちゃカッコいいのだけれども、どこかにおかしみがある感じ。店とブロック塀の間のいい感じの細いスペースが野良猫の居場所になっている。定刻になるともずく売りのおばあが餌をあげにきて、この猫のこと、他の野良猫のことを色々教えてくれる。(この記憶はたぶん当日の記憶ではないかもしれない。翌々日くらいの記憶かも)

右は、作っていただいていたらくだ舎コーナー
まだどうしようもない状態にまではなっていなかった25日の午前中、私はある日の周辺を娘とウロウロして、かき氷を食べに「島パーラー」を訪れた。沖縄のパーラー文化自体、一昨日高橋さんご家族に教えてもらって初めて知った。「ぜんざい」と呼ばれる沖縄ソウルフードかき氷を食べたかったのだが、確かまだ季節ではなくて品切れ中、娘はいちごのかき氷を注文した。
プレハブのお店の外にあるイートイン席で食べていると、地元のおじちゃんたちが、瓶ビールを飲みにやってきた。プレミアムモルツの小瓶。きっといつものメンバー、いつものお決まりの時間。「どこからきたん、内地か?」と聞かれて、「内地」という言葉にドキッとした。私の中には存在しない「内地」という言葉。沖縄の人たちにとっては、内地かウチナーチュ(沖縄人)か、という分類が明確に存在するのだということ。知識としては入れていたことが思い出され、内地の人として失礼のないように、できるだけ親密になれるようにしなければという謎の使命感が芽生えていた、今思えば。


海辺に立つ島パーラー浜比嘉店。ある日、から徒歩3〜4分。地元のおばあたち手作りの貝殻のお守りがとても可愛くて、友人たちのお土産にいくつか購入
別におじさんたちは内地の人を煙たがっているとかそんなわけでは全くない。終始フレンドリーで、あたたかく、和やかだった。私が和歌山から来たことを伝えると、昔行ったことがあるよ!と思い出話を嬉しそうに聞かせてくれて、私も嬉しかった。集団就職で、大阪に行って、釣りがしたくて和歌山に行っていたそうだ。おじさん同士でも、当時の話に花が咲く。戦後、沖縄の若者たちが大阪で就労していたなんて、全く知らなかったしイメージがなかった。とても貴重なお話だった。
おばあから買ったもずくの塩漬けがとても美味しかった。お土産にしたが、渡した人みんなから好評だった。

熱が下がり帰る日、高橋さんの管理するバナナ畑も見せていただいた。確かにバナナだ。一面と畑のあるエリア、というわけではなくて、家家に囲まれたどちらかというと住宅街の一角にあるのが意外で面白かった
2026年2月8日 那智勝浦町太田の郷 トークイベントで対談
ゆぎ書房の前田さんと対談的なことをする。企画してくれたのは、色川の仲間の茜ちゃん。何かしたいのにできていないことに真摯に向き合い、一つひとつ行動している。私は勉強させてもらっている感覚で、ゆぎ書房さんのお話を単純に楽しく聞いてしまった。私はやっぱり要らなかったのでは!と思いつつ。打ち合わせのときに聞いた「私ももう辛くなってしまうから、最近は情報を入れてないんです。自分を守る事も大事、見なくたっていいんですよ」という前田さんの言葉が、心に残った。
2026年2月8日ー9日 (来訪)汽水空港モリ家色川に来る
一緒にくじら博物館に行くなど、めちゃくちゃ楽し買った。千葉家唯一の断熱部屋でガチ雑魚寝してもらい、ウチ的には楽しかったけどモリ家はリラックスはできなかったかもしれない。しかし、ことりとみちくんが可愛すぎた。滞在中、モリさんが、太平洋!と何度も言うのが面白かった。ロバたちの虜になってくれたことが嬉しかった。
2026年2月14日、そして3月4日 (来訪)能美舎まさみさん、ゆづくん再び
以前いらしたときに約束(麻子さんが)したこの地域の「なれ寿司」の作り方を学びに、能美舎のまさみさんと息子のゆづくんがまた色川に来てくれる。昨年すっかりことりとゆづくんは仲良くなっていたので、今回の来訪も楽しみにしていた。夜ご飯を持ち寄る感じで、らくだ舎でみんなで食べた。まさみさんが作っているなれ寿司を持ってきてくれて、めちゃくちゃ美味しい!浸かった頃にまたやってきて、そして去って行った。フットワークが軽過ぎる。まさみさんは底抜けに明るくて、そんな風になりたいなと思う。芯が強く、自分の求めることがよくわかっている、地に足がついている人だと感じる。
2026年2月21-23日 (来訪)浪江町B-6メンバー色川に来る
詳細を別に書こうと思うので、日記としては一旦見出しのみで失礼します。
2026年4月18,19日 神奈川と東京へ。バックパックブックス:食べるって何?
バックパックブックスでのことはこの後に続く「他人の家で目覚める」でだいたい書いている気がするので割愛します。
日記が、だいぶ現在に近づいてきたような?
<この後の航海日誌メモ>
2026年5月24日 PEACE DAY GUJO 出店・岐阜県郡上八幡市
5月25日 山のハム工房ゴーバル訪問。泰尊ライブ
5月27日 (来訪)泰尊らくだ舎ライブ
7月12日 紀宝町立図書館 絵本バナナのらんとごんから学ぶ
8月2-3日大阪中津商店街「ンケリコ」出店
他人の家で目覚める:2026年4月20日(月)
4月20日(月)
朝5時44分に目覚める。多分、電車による建物の揺れと、キャンキャンキャンキャン・・・と鳴り響く踏切の音、プシューーヒイイイイイ・・・・ゴゴゴゴゴゴゴゴンゴゴゴンゴゴン・・・と走り去る京王線の音と、暑さの合わせ技によってこんなに早く起きたのだと推察する。就寝は明け方3時近かった気がする。階下ではまだまだ会話が交わされていて、寝袋に潜り込み、イヤホンを耳に突っ込んで自分の内に篭ったらすぐに寝落ちしてしまった。起きた時、スマホがどこまで遡ったのか、全く見覚えのないPodcastエピソードを再生していて、げ。と思った。年に2回くらいある、こういうことが。無駄な電波と電力を使ってしまったことに、後ろめたい気持ちになる。
二階建ての小さなビルの二階、元々は大家さんが住んでいた部屋で目覚めた。バックパックブックスと隣の塀の間にある細い道を5歩進み、二番目の扉を開けると、二階へつづく階段がある。昔の家の歩幅と段差。急峻な階段を上ると、左に畳を横に3枚並べた和室、右に板間の四畳半。昨日驚いたのは軽やかにベランダに冷蔵庫が置かれていたことで、そこにはサッポロ黒ラベルの小瓶が冷やされている。ちょっと本気を出した風が吹けば持っていかれるであろうビニールシートで、冷蔵庫の背面は守られていた。大家さんはそこに洗濯機を置いていて、外付きの電源があるのだが、「洗濯機いらないんで」冷蔵庫をそこにおくことにしたのだという。発想が自由だ。左の和室の押し入れだった収納スペースと相対する位置に、小さな台所。ガス台をおくスペースは物置とお酒置き場になっていて、シンクの中、隅には昨晩宮里さんが片付けてくれたハイボール用っぽいステンレスカップがタワーになっていた。
「部室」と形容されたこの場所は、バックパックブックスと、お隣のレコードショップOMIYAGEが共同で借りている部屋だという。普段は、昨晩のように映画の上映をしたり、OMIYAGEの店主でミュージシャンのロボ宙さんによるレコード鑑賞会が開かれたり、一昨日に会った地下 BOOKSさんがトークイベントをするなど、まったくもって部室のように使われているらしい。
しばらくぼんやりしてから、この旅で手に入れた本、持ってきた本を、キャリーバックにしまうか、手元のトートバックにしまうか、リュックにしまうか、今日の読書になりそうな時間と天秤にかけながら3タイプに分けて収納するなどする。本を仕分けしながら昨日は我ながら良い交換ができた、と満足する。トークイベントのゲストとしての謝礼をくださるとのことだったのだが、宿泊で交換で良いと思っているのだけれど、という話をした。そうしたら、購入したいと話していた宮里さんのZINEを謝礼にしていただけることになった。さらに、そのZINEのもとになった『スモールタウンの作り方』、昨晩ガクさんがその素晴らしさを語っていた阿川佐和子の『非色』までついて、ビンビールもご馳走になり、取引上収支を貨幣価格換算したらむしろ得をしてしまったと思われる。やっぱり、物々交換というのは、貨幣よりずっと広がりがあって、鮮やかで、記憶媒体にもなって、楽しくて嬉しい。
そのうちに昨晩トイレの床を踏み抜いてしまったことを思い出し、胸にあるいたたまれなさについて考える。踏み抜くほどの体重を恥ずかしいという気持ちにもなるが、あの床のベコベコさ加減からすると、体重の比重のかけかたの問題ではあったような気がする。言い訳だけども、言い分としては通りそうなくらいの確からしさだよな、と勝手なことを思う。とはいえ、ベコベコでも昨晩まで床は踏み抜かれていなかったことは事実だ。そして、踏み抜いたのが私だということも。うわああ、と私が踏み抜いた後、「大丈夫すか。大丈夫っす」という言葉を何度も宮里さんは繰り返していて、踏み抜いたのは自分のくせについ笑ってしまった。多分、何も大丈夫ではないと思う。いつ誰が踏み抜くか、時間の問題だったのではと思うが、急に「床を直す」イベントを発生させてしまったのは申し訳ないことだ。家に帰れば、あれくらいの穴なら塞げそうな適当な板があるけども。ここにはインパクトはあるのかな。家から板を持ってきて颯爽と修理する自分、の妄想だけして、申し訳ないけれど和歌山からそのためだけには来たくはないので、「ごめんなさい」という気持ちだけ置いていこう。
それにしてもたぶんずいぶんおなかが空いている。昨晩食いっぱぐれてお酒だけ飲んだから、空腹の自覚が上手くできない状態になっている。でもたぶん空いている。夜ごはんを食べない、なんていつぶりだろうか。イベントの前に少し食べようかなという気持ちはあったのだが、都会の飲食店の値段にすっかりビビって、お店に寄る気になれなかった。昨日の昼食のせいだ。ヴィーガンベーグルサンドとコーヒーで1,780円。外食すらいつもしないのに、いきなりこれでは心臓が保たない。きっと地元の人なら知っている、安くて旨い店はあるのだろうが、土地の外の人間が1時間の間に見つけることは難しかった。朝ごはんもそうだ。20分強歩けば下北沢だから、足をのばせばおしゃれで美味しいモーニングなんかもありそうだけど、高そうだし、眠たいし、隣のセブンイレブンで良いか、という気持ちになってしまった。
皮肉である。昨晩の上映会は『食べるってなに?』というドキュメンタリー映画で、東京でコンビニを冷蔵庫がわりにしていた監督が、沖縄北部に移住して食べ物、食事、食べ物を作ること、に一つひとつ手探りで出会っていき、暮らし直しを考えていく、そんな映画だった。いつもは周囲にコンビニなどなく、どんなときでも三食自炊の私が、上映会のゲストとして東京に居て、コンビニで朝ごはんを買う。アイロニカル。シニカル。だが、よくあることでもある。人生はままならないものだ、どうも。
私の住む和歌山県の紀南エリアにはセブンイレブンがない。だから、珍しくて、セブンのプライベート・ブランドをしげしげと観察しながら買い物をする。働く女性を意識したお弁当系商品が増えているように感じた。具沢山スープのラインナップが6種類もあったし、サラダも多種多様だった。中身はもちろん、サイズや見せ方、コンセプトも。私はこの時初めて見たインド風?「サラダボウル」なる商品を手にとった。キャベツとミニトマトのサラダに、一口大に切ったタンドリーチキン、黄色い雑穀米のご飯。そしてサウザンアイランドドレッシングのビニールパック。直径20cmくらいの透明のプラ容器に入っている。「コンビニごはんでもちゃんと身体のことを考えたい。そう考える忙しい働くあなたに」そんなコンセプトが透けて見え、抗いたくなるが、昨日お米を食べそびれていて、確かに野菜も食べたかった。手のひらに載せられているってこと、私はちゃんとわかってるんだからね!都会のどこかのビルに出社しているであろう企画開発者に捨て台詞を呟いてから(もちろん心の中で)カゴに入れた。
部屋に謎のカレーっぽい匂いが充満する。部室には、妙に似合っている。最初からわかっていた気もするが、それほどおいしくはなくて、とくにキャベツが。コンビニ飯を食べると、いつも私はちゃんとおいしい野菜を食べているのだと気づかされる。
昨晩、移住するのか、都会でもローカルはあり得るか、というような議論をした。私は例の曖昧な、その人なりのベスト距離感があるのでは、という話を自分でも釈然としないながらも話したのだが、美味しいものが好きで、料理が嫌いじゃない人は、田舎に移住するのがオススメ、という答えは良いかもしれないと思った。消費者のままでも良いけれど、近づいたほうが幸せに近づきそうだなと思ったから。距離感というより、嗜好性。私は食いしんぼうとして生きてきたし、父からの素晴らしい教え、エンゲル係数は高くあれ、という信条に従って生きてきた。料理をする、というか、好き勝手に自分の好みの味を好きな量作って食べることが好きだ。だから私には、田舎のほうが圧倒的に適している。コストがかからないとも言えるし、生産地にいたほうが、美味しいものにアクセスできる可能性が高い。土地に住む人しか手に入らない美味しいものは、確かにあるからだ。ラッキーグルメチャンスも多い。今年になってからだけでも、突然新鮮なアジを五十尾ほどもらってアジフライや一夜干しにして食べたり、海の方に住むハマちゃんからH家がもらった牡蠣を三個おすそ分けしてもらって、薪ボイラーのはたで焼いて食べたり。お店に遊びにきた魚の仲卸の娘で料理人のS子さんからは、余り物ドウゾとマグロの刺身をほいと手渡された。どれもものすごく美味しかった。わたしは、関係性を食べている。
池袋での約束の時間が迫り、「どうぞ飲んでくださいね」と宮里さんがポットに残していったさんぴん茶を慌てて水筒に詰めた。部屋を出た。代田橋駅は目と鼻の先だ。ホームに向かいながら、ポットの中を洗い忘れたことを思い出して、ごめんなさいと思う。
場所:バックパックブックス・OMIYAGE2F
いわゆるリフォームが始まった
今、自宅の台所及びダイニングスペースのリフォームをしている。
田舎暮らし=古民家DIY。あら自分たちで?と皆さん思うかもしれない!しかし、私はもう、頼れることは人に頼る!を心がけることを決めている。ということで、よろずや部分を共同経営している、そしてらくだ舎を作ってくれた、DIY&設備工事の達人・先輩移住者のH田さんにお願いして進めてもらっています。
この台所のリフォームは、ここ5年くらいの課題であった「生活改善」の最たるものなのである。これまで、いくつかのモヤモヤ、イライラ、その解決方法を考えていったとき、その解決方法は台所の改善にありそうだ、ということが多々あった。朝食、夕食の時間がもう一歩遅いこと。夫婦のスムーズな家事分担。娘が手伝いたいというのに「面倒だなあ」と思ってしまうこと。食事の時の娘の姿勢、行儀・・・こうした割合直接的な課題から、円満な夫婦関係、仕事の効率、どんな生活を送りたいのか、なぜ田舎で暮らしているのか、といった間接的かつ抽象的な事案まで。
「やるぞ」となった直接のきっかけ自体はH田さんがうちの台所を見るに見兼ねたという外部要因なのだが、積年の課題と充分に認知していたので、ここでやらなきゃいつやるのか、と思っていたこと全部実施に踏み切ることにした。
工事が始まって、毎日らくだ舎から帰宅するたびに台所は使いやすくなっていった。工事が完了していなくてもすでに格段に使いやすいという状態・・・!住めば都、精神を大事にしている私だけれど、10年住んでも都にならないこともあるのだと学んだ台所であった。合掌。

新しくなった台所を喜んだ娘が撮影。流し台の足部分は德森木材に発注。頼れるところは人を頼る!背面に収納ができたら流し台の上はもっとスッキリする予定。完成したらちゃんと写真撮ろーっと
現在、すでに流し台は新しくなり、冷蔵庫、コンロ、流し台の位置関係もバッチリ決まって快適に料理ができるようになった。これから、ダイニング部分、薪ストーブ部分、背面の棚部分へと工事が進んでいく。ダイニング部分は掘りごたつにする予定で、私が食事を作りながら、娘はダイニング部分にいて、宿題をしたりおしゃべりしたり一緒にコナンを見たり、そんな暮らしになることを想像している。
いつかは料理でも薪ストーブを使いたい、という気持ちを、ちゃんと実現することにもした。色川憧れの暮らし方、薪ストーブを調理の熱源に(『牛を食べた日』の外山家の暮らし参照)!時短クッキングとは真逆と思われる在り方だけど(じつは火力調節と火おこし技術をきちんと身につければ、最大火力でお湯を沸かせば時短!とかあるのかもしれない)山里のあるべき、そして豊かな暮らし方として、ちゃんと挑戦して取り入れて、楽しく生活したい。もちろん、ストーブというモノを置いただけでは生活とは言えず、杉の葉、焚き付けの準備、置いておく場所の設計、そうした習慣をいかに自分のものにできるかだ。でもその先に、薪ストーブで何かを煮込みながら、お湯を沸かしてお茶を飲み、火を見ながら読書する、みたいな生活があるはずだ。ま、とか言ってそんなに時間があるわけがないので、週1、1時間!とかになるかもしれないけれど、それでもいいじゃないか。
前提の話として、私たちの自宅とらくだ舎の店舗は別の場所にある。自宅と店舗までは、車で12分くらいの距離感で、お隣の区、お隣の山、という感じ。これまで7年間、店舗のほうを優先し、自宅の暮らしにくさには目を瞑ってきたのであった。今回の生活改善台所リフォームを皮切りに、訪問客の宿泊場所、自宅での仕事場所なども少しずつ整えていきたいなと思っている。
[おまけ]台所大改造に伴い、どうしても廃材が出てしまうが、これらは残らず薪ボイラーでお風呂になる。なんて良い循環。
寄稿掲載のお知らせなど
『ハリーナ』2026年8月号 千葉貴子エッセイ寄稿

『バナナのらんとごん』を共同で出版したNPO法人APLAさんが発行する機関誌、『ハリーナ』2026年8月号に、エッセイを書いた。東京で働いていた時からの縁が、拠点は離れたのにどんどん濃くなっている不思議と喜び。
ハリーナは年2回発行されているもので、充実の内容。発行を続けて来た気概、事務局長の野川さんは多分ずっとこれに携わっていて、いつも本当に編集者・執筆者としても才能をお持ちの方だよな〜と思っているのだが、今回改めてハリーナを拝見してまたそれを感じた。
私が書かせてもらったのは巻頭、ぽこぽこリレーエッセイ、というもので、毎号、APLAと関わるさまざまな人が担当していて、内容は自由!ということで野川さんから依頼をいただいた。
過去号(過去号はWEBで読むことができます、興味のある方は検索を)を参照してみても、本当に千差万別、確かに自由。長年職業ライターをしている身としては逆にとても難しいのだが!と思いながら書き始め。しかしやっぱり自由と言われても、読者が誰なのかを足がかりにするという、ある意味では安易な道を選んでしまった。
この機関誌を読む方は、APLAの支援者だったり、関わりのある方だったりが大多数。私が何者であるか、どんな気持ちでAPLAさんに関わっているのか。最近あった出来事で、自由と言われたら書かざるを得ないと思った、自分自身のことを通じて書く形になった。『バナナのらんとごん』をどうぞよろしくお願いします、という気持ちも込めて。
いただいた見本誌は、らくだ舎の図書室においているので、良ければお手にとってご覧ください。APLAさんのネットショップでも販売中です。APLAさんの活動支援にも繋がります。
コラムの謝礼はAPLA商品というのも嬉しい。物々交換はいつも、とても楽しくて充足した気持ちになります。ゲランドの粗塩はうまみが濃くて海を食べているみたい。アジアのコーヒーの生豆は、趣味的に土鍋焙煎してみようと思っています。
『平和をつくるブックリスト』千葉智史寄稿

テイクフリーで、まだ店頭に在庫あります。ご興味ある方は持って帰ってくださいませ

すいかの種文庫さんの企画にお誘いいただいて、寄稿。テイクフリーの冊子でこの内容のものを作るなんて、その熱意に脱帽です・・・!読みたくなる本にたくさん出会えることってやっぱりワクワクするなと素直に思いました。いろいろな本屋さんが平和について考えたという事実そのものに心強さも感じる。冊子は好評で、すでに在庫はないとのこと。らくだ舎にはまだあと数冊ありますので、ご興味ある方はどうぞ。最後の1部は図書室に置いておきます。偶然にも、表紙はロバ。モチーフとしてはパレスチナのロバで、せめて表紙ではふくふくとして幸せなようにイメージしたとのこと。うちのロバたちは、たらふく夏の草を食べてふくふくしていて、幸せそうで(手前味噌だけど)、ああ平和なのだなと思った。
8/30sun 17:30~ 居酒屋イベント「夏の夜の夢」オープン!お酒と肴を楽しみましょう
盆踊りの熱冷めやらぬうちに、そして夏の締めくくりとして、居酒屋イベントをすることになりました。いつかやりたいな、と思っていたけれど、じつは初めてかもしれません。らくだ舎の居酒屋部門の名前を「酔いどれらくだ」に決めました。ノリです。立地が立地なので、徒歩圏内以外の方はお車乗り合わせでなんとか、というお願いになってしまい恐縮ですが、色川外の方もよろしければ、頑張って来てください!

和服好きの3人ということもあり、浴衣でやろ〜!と盛り上がっています。良い夜にしましょう!
Radio「らくだ舎のきらくなラジオ2 」月1回くらいで更新。暇な時に聴いてください。リンクはpodcastですが、spotifyとYoutubeでも配信してます。最新号のテーマは「健康」。割と笑い多めの回になってます。
Radio「色川山里ラジオ」こちらはMCを交代交代で務めます(時折不在)。色川住民の人生を聴く番組です。
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実店舗 Coffee&Tea&Books らくだ舎 OPEN:木・金・土 10:00-17:30649-5451 和歌山県那智勝浦町口色川742-2 色川よろず屋内
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