らくだの足あと 6歩目 2024.9.24
はじめに

らくだの足あとって?
だいたい週1回、いま考えていることややっていることなどをテキストに起こして、近況を報告する手紙のようにお伝えするニュースレターです。そのほか、本や本屋にまつわること、お知らせなどもお伝えしています。
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目次
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はじめに
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奈良への旅日記
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本のことを、少しだけ
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お知らせなど
奈良への旅日記
東吉野に行って、オフィスキャンプ東吉野で坂本さんに、人文系私設図書館ルチャ・リブロで青木さんに会う。その後、奈良市杣ノ川町の社会福祉法人青葉仁会・会長の榊原典俊さん、和歌山県紀の川市就労継続支援B型事業所・ふるさとファームの管理者・津田純一さんへ取材に。
9/8 棚田を守ろう会の稲刈りイベント、たくさんの人で賑わう。食事係を手伝いつつ、稲刈りも少し。教わる側から教える側に、いつのまにか変わらざるをえないのだなと感じつつ、僕に教えられることなんかないなとも思ったり。確実に流れゆく時間と変わりつつある役割に、気持ちや体が追いつかない。
9/9 朝から移動。オフィスキャンプ東吉野へ。案内してくださった方が親切に対応してくださる。一度らくだ舎に来てくれたことがあった坂本さんに会い、1時間ほど話す。オムライスラジオ福祉回を聞いていて、僕の仕事領域も福祉分野でのライティングの仕事もあり、また個人的興味関心も日に日に強まっている。その辺りの話を。誰にとっての福祉なのか?外部ができる福祉業界へのアプローチ…?ここ数年いろんな事業所の方に話を聞く機会に恵まれている。今後、和歌山の福祉の歴史に関する冊子も制作できそうな動きがある。出会う方々、皆さんやりがいを持って仕事に取り組まれているように思う。その姿が眩しい一方で、法律や制度、地域のしがらみなど枠組みの中で、現場に立つ人は本当に苦しんでいて、制度で守れていない感じというか人の良さ、みたいなところでなんとか回しているような感じがある。みんながいいと思える環境を作っていくためには、現場の方々だけに任せておくのは多分違うんだろうと思う。まずは、僕たちも当事者の一人だと感じること。そう思う人が増えるといいな。取材して記事を書いて終わりでない、というかそこからがかかわりしろなのかも。継続的に関われるあり方、またみんながいいねと思える柔らかい仕組みづくり。外部ができることもあると信じて、この方向はもっと深めていきたいと思う。坂本さんとはラジオを収録する約束をして別れる。
その後、青木真兵さんに会いにルチャ・リブロへ。この頃は真兵さんがカウンターに立つことは少なくなっているそうだが、予定を空けてくれていたそうで恐縮。先日の『つくる人になるために』増刷イベントのお礼をお伝えしつつ、歓談。たくさんイベントができるわけではないし、こうしてやり取りを重ねていける一つの方法としてのイベントは、もっとやってもいいのだと思う。イベント自体を目的化しないというか。やっても変わらないかもしれないけれど、やらなければもっと変わらない。しゃんと背筋が伸びるような図書館の空間、それでいて柔らかい対応、付箋の貼られた本、置かれているジャンルや本のタイトル、随所に青木さんご夫妻の気配を感じる素晴らしい図書館だった。娘と妻が3冊本を借りていくことに。僕は『戦争と平和』を読み通すことを決めた。(岩波文庫、光文社文庫で戦争と平和が配架されていたことに感化された)。早速読み始める。「お、意外と読める、かも」
ルチャ・リブロで奈良県立図書館の方と知り合い、その後の道中にも付き合ってもらう。娘は遊んでくれる人を見分けるセンサーが抜群で、そういう人にはとてもよく懐く。Fさん、遊んでくれてありがとう。自然に出会って、なんとなく行動を共にする。この感覚、忘れていたような。娘を見ていると、人と仲良くなる速度が速い。邪念がないというか、相手の存在を信じている。そこにただいることを肯定している。これまでの経験や言葉が、人を臆病にするよね。真似していきたい。
夜はRebe東吉野へ宿泊。狩野良太さんと宿泊されていたTさんと歓談。嬉しい出会い、また来たいと思える場所。娘のセンサーはこれまた敏感に遊んでくれる人を察知。テンション爆上がり。ババ抜きまで付き合ってもらう(娘のブームがババ抜きで、大人数でやるのがとても楽しかったようす)。お世話になりました。次は色川に。
9/10 この日は、10年越しに奈良市のメガネ屋さんへ。昨日お会いした方がつとめる(ここにも縁を感じる)奈良県立図書館で10年以上前に行われた西村佳哲さんのイベントに参加したことがあり、その時にメガネを新調した。旅先で身につけるものを新調し、その修理で再びそこを旅がてら訪れるというのは、とても豊かな体験だなと思う(最近、豊かを別の言葉で言い換えたいのだけれど、なかなかいい言葉が見つからない)。結局使い込みすぎたメガネは修理がむずかしく、検査をしてもらう。とても丁寧に検査してくださり、目から鱗の連続。近くを見るためのメガネ、という発想はそもそもなかったし、よくよく考えてみたら、なぜ遠くを見るための矯正をメガネでするのか、深く考えたこともなかった。もしメガネや目に不調を感じている方がいたら、ぜひ受けてみてほしい。次の予定があって新調は断念するが、次回は妻にも検査を受けてほしいし、隣になんと「本の入り口」という本屋さんがあることを知る。前から存じていた本屋さんであり、いつか訪れてみたいと思っていた場所。再訪することを決め、二弐に2のイベントなど、やらせてもらえたら良いなと考える。
午後は、青葉仁会理事長榊原さんの取材へ。詳細を書く紙幅はないけれど、刺激に満ちた時間。掲げる理想をとても大きな動きとして推進し続けている姿に勇気をもらう。小さなフリーランスにできることとはなんだろうか?夜は、お世話になっている方々と懇親会。いまの色川の状況について、外部の方に説明することで、自分の頭が整理されるし、やるべきことが見えてくる、ような気もする。奈良は奈良市という窓口のイメージしかなかったが、適度に人もいて、まだまだ地力がある感じ。田んぼも道路に面した一等地はほとんど休耕田がない。そして、いまやらねばと動いている人たちも多くいる印象。いいまちだ。もうちょっと奈良、行きたい。
夜は和歌山市へ移動して、関係者でご飯を食べる。話すことで整理される、現在の自分の立ち位置、地域の状況、これからするべきこと。いい感じに繋がってきたような気がする。とはいえ、やれることは本当に一つずつ。
9/11 榊原さんに続き、同様の取材で紀の川市のふるさとファームへ。10年目を迎えるこの場所の現在、過去、未来について、お話を伺わせてもらう。事業所を立ち上げ、運営していくことは、並大抵のことではないことが、漏れ出るエピソードからも垣間見える。踏ん張ってきた方々がいるから、いま表層に見えている景色はある。青葉仁会でも感じたことだ。2008年の規制緩和以降、事業所がかなり増加し、良い事業所かどうか、外見からは判断できなくなってきているそうだ。法や制度によって振り回され続ける福祉の現場。そこからこぼれ落ちてしまう人たちを、どう別の網の目を張り巡らしうるのか、そして受け止めることができるのか(すでに現場の方は手一杯やっているだろうと思う)。障害をもつ方の高齢化も進んでいる。外部だからできることを考え続けたい。
取材後は娘の通院で、上富田町へ寄って帰宅。
本のことを、少しだけ
※画像のリンクは出版元の書籍紹介ページへ飛びます
障害について、障害者について考えるとき、読んでおきたい本はいろいろあると思うが、(すべて読めている訳ではないけれど)、荒井さんの著作はパッと思い浮かぶものが多い。現場に立ち続けながら、市井の人に伝える眼差しを忘れずにいてくれる人。いま、らくだ舎に在庫があるのは、写真の2冊。
柏書房から出版された『まとまらない言葉を生きる』(写真はないけれど、この本も在庫がありました)が2022年 第15回「わたくし、つまりNobody賞」を受賞した。そのスピーチの全文が柏書房のnoteアカウント「かしわもち」で公開されている。とても良いので、ぜひそちらも読んてみてください。
以下はあんまりまとまっていないまま出してしまう文章です。
僕自身、ライターとしてお会いする方のお話を伺う機会がある。その時間は本当に短くて、何が聞けるのだろう?と途方にくれることもしばしばあるのだが、まれにその人の人生を肌で感じるような瞬間もある。前述したスピーチのなかで荒井さんは、取材対象者の言葉を語るまでには、およそ5年ほど要するのではないか?ということを書いていて、その言葉にうなづく。短い時間の中でその人を知ることができたなんて嘘っぽいし、理解して書けているなんてとてもいえない。
僕たちがライターとして人に接する場合の日常は、どうしても限られた短い時間で聞いた話を、これまた短い時間でかつ限られた文字数でまとめる必要がある場合が多くて、それはもしかしたら無責任な文章を書き続けてしまっているのかもしれない、といつも逡巡している。100歩譲ってそうでないとしても、その人の人生に触れたなんてただの勘違いかもしれないし、そもそもその言葉自体、会ってまもない他人の僕に向けられた、嘘とまではいわないまでも当たり障りのない言葉かもしれず、簡単に人と人が分かり合えるとも思っていない。
僕もたびたび取材を受けることがある。自身がそこで発する言葉は、自分の言葉のようで、どこか別の場所からふいに発したとでもいうような、自分で「なんでこんなこと話してるんだっけ?」と戸惑う場面がときどきある。「真実なのか?」と聞かれるとちょっと自信がないが、「嘘なのか?」と聞かれると、存外そうでもないような気がする。そんな類の言葉。それは大抵、聞いてくれている人との共振というか応答の末に生まれる言葉である場合が多い気がするし、それは案外水底に溜まっていた澱のような自身の本音だったりすることもある。(この辺りは、頭木さんの『口が立つやつが勝つってことでいいのか』に書いてある)
「なんか思ってもみない場所に出たけれど、なんだか自分が言いたかったことのような気がする」
それは、他者に向けて語るからこそ見えてくる話者の輪郭のようなもので、結局自分という存在は他者との関わり合いのなかで見つかっていくものなのかも、という気がしている。
ただ、一方で、その人が磨き上げてきた言葉に触れるとき、その人の人生の一端に触れた、と感じる時も、ごく稀にある。烏滸がましいにもほどがあるが、この感覚もまた正しいのかも知れない、と考えている。その精度を上げて、その言葉を拾い、あるいは投げかける言葉によってその人に沈澱している澱を浮かび上がらせ、掬い取る。そんな仕事ができたら嬉しいなと思う。
最近書いた記事
ライターの仕事をしていますが、あまり自分の書いた記事のことを打ち明ける機会はありませんでした。ニュースレターは、「文章読もうかな」という気持ちのある方に向けているはずなので、時折紹介していこうかと思います。
先日書いたこれからの建築についての話。できあがった記事が9/26に公開となりました▼持続可能な住まい方を問う。キーワードは、環境情報の見える化と自然素材への回帰https://af-info.or.jp/af_magazine/033.html
旭硝子財団、という公益財団法人のウェブサイトの記事です。このaf Magazineは、旭硝子財団の取り組んでいることを、広く一般市民の皆さんに知ってもらうために開設したコンテンツです。(素晴らしい活動されているのですよ・・・ぜひお見知りおきを・・・!)私は、ひとしずく株式会社のライターとして、5年ほどこちらのお仕事に携わっており、環境問題について知見を広げてくれる大事なお仕事になっています。
(txt:千葉貴子)
ご案内的なこといろいろ
●らくだ舎のきらくなラジオ(月2回更新)
・Podcast
・Spotify
・Youtube
●『バナナのらんとごん』出版プロジェクト クラファン9/30まで。ご支援ありがとございます。
●ウェブサイト
「らくだの足あと」は、だいたい週1回、ゆるやかに水曜日にお送りしていく予定です。さまざまな状況で前後したりするかもしれませんが、よろしければご登録ください。
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